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06.28 Sat

小物を納品に伺い、3年経過したナラ材のソープフィニッシュのダイニングでお茶を頂きました。
たまに、スポンジを使い石鹸で洗う程度だそうですが、とてもいい感じでした。
ぼくの家のテーブルもそんな感じで、石鹸で洗うと気持ちがいいです。

それからチェリー材で使ってもらっているオリジナルの04チェアですが、
籘の自然の色身が深くなっているのはもちろんですが、桜ならではの品とよくあっています。
本物しか出ないものが出始めていました。
われながら、いい椅子だと思っています。しっかりした椅子です。
手入れをしながら長く使って頂きたいと思っています。

その後、
下駄箱を中心に玄関を、なんとかしたい良くしたいとご相談に、またがんばろうと思わせて頂きました。


それにしても、3年というのは早いものです。

クライアントには、完成した結果の善し悪しはとても大切です。
だから、ぼくは良い結果を届けることをとても大切にしています。ぼく自身がどうこうはあまり重要ではありません。
それがぼくの責任です。

作り手、とくにぼくのような家具を作りたい人には、結果には残らない部分を知って欲しいと思っています。
地道に積みあげていく日々の中で、その時々に携わったスタッフにしかわからない本質があります。
結局、出来あがったものを見ても参考にはなるけど、ひとつひとつの真剣勝負そのものの試合内容を見ずに、勝敗だけを見て、良い悪いと簡単に言えてしまう人は、作り手の外の評論家の立ち位置にいるのだと思います。
そういう立場からの単純な意見はとてもありがたいのも事実です。
ただ、作り手を志した以上、良い悪いの素直な判断も大切ですが、良いのはそれ以上の伸び率はないわけで、むしろ悪いからこそそこに成長と挑戦があるのが事実でもあります。良い作り手とは常に満足できない人なのかもしれません。
ないものを想像し設計し作り使う。残念ながら、どれひとつかけてもぼくには満足できません。
全部つなっがて創作する仕事は完成します。

だから、答えだけを伝えることは本当に虚しいものですね。
ぼくのように家具を作りたいならば、生きることそのものに目を向けるべきで、家具の形に目を向けるべきではなりません。

ぼくと短い間だけもの作りを共感したものは、いつまでたってもぼくのような家具しかできないでしょう。
ぼくの生き方を長く共感したものは、とても自由に自分らしく生きていくはずです。

今日もがんばれる仕事があることにまず感謝。それが自分の生き甲斐になるのであれば、それは生きることそのものだと思います。


志し高く、長く残っていくものを作ろうとしている人は好きです。
そしてそれを本当に日常の仕事に実践し、つつましく日々をつづけているかどうかだけです。
ぼくは仕事をとても神聖なものだと思っています。
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