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04.16 Sat
shop & factory


日々を健全に保つことは、愛情を注ぎつづけること。

愛情は思いだけど、何かの行動につなげ、初めてそれが意味をなすのだろう。

ぼくは、たぶんよく考える人だと思う、、、けど、考えても考えても結局何も変わらないことって多いし、
せめてとその時々の考えや思いを残し吐き出すのは、自分の気持ちの整理以外の何でもないかもしれない。

ただ、つなげるという意味で、日々は確実につながっていく。

どんな困難なことがあろうが、今がある以上必ず乗り越えてきた自分や人達がいて、つながっている。
がんばって!とか応援しているよ!とかが、労力や現実の足しになるのかと言えば、なる時もあるし、ならない時もある。

ぼくは、自分の長女が生まれた時初めて命の輝きの存在を生生しく知った。そして周りから祝福を受けた。
次女が生まれ生後3ヶ月のときに、重い障がいがあるとわかった時、人生の重み、そして生きていくことの決意をした。
ただ生きているのではなくて、生きていくのだ。
ただ歩くのではなくて、歩いていくのだ。

次女の5才までの日々は、家族の絆しか目の前に頼るものがなかった。
今、振返って気づくのは、当時の見えなかった、クライアントや友人からの無意識の愛情のメッセージである。


世界でエボラ出血熱が出る前ころから、毎月募金をしつづけている。
ある特定の団体の口座に自動的に振り込むようになっている。

次女と一心同体になって命の重みを一番感じ続けている妻が、そういう行動に出たのは、とても自然に感じた。

安く簡単に消費する物や粗悪品にお金を払うことに関しては、かなり嫌悪感を持つぼくだが、妻のその行動にはスカっとする気持ちしかない。

思いを一流の大工に託し、家を建てるように、
思いを一流のドクターに託し、家族と応援するように、
思いを一旦お金に変換し一流のプロに託し、最善の効果にして届けてもらう。


今思い出した。
次女が入院を繰り返している時、信頼しているおばさんから「今は、あなたは一生懸命、仕事をしたら?」と。
それはとてもありがたい言葉だった。

それ依頼、一生懸命は、温度は「熱」から「温」に変わった。

日々の証




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若葉。





工房のかべ。

生産という、とても素敵な魅力に溢れている。

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真新しすぎて少し恥ずかしいけど、これはこれで貴重である。
ウッドロングエコを塗る予定。
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