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06.05 Mon
20代の頃から常々思っていたことがある。
それは過ぎ去っていく時間に対しての抵抗というべきか、時間という感覚から自由になりたい、もしくは一体になりたいという若さゆえの精一杯の究極の夢だったのかもしれないのだが、
「時間を超えたい」と思い続けている。
超えたいという言葉の大きさとは裏腹に僕の生命活動時間の大半は物作り中心で、寝ている間ですらそうだったのかもしれない。
だから、自由は不自由でもあるけど、たまに時間を超えるような感動や出来事に出会えることもあった。

時間を超えたいと思いつつも、まずは自分の信じたものと一体になりきることしてきたのだと思った。



そして僕の日々そのものである物作りのシンプルな立ち位置としての職人の世界では、古い技が現代の技をすでに超えていることはよくあるわけで、温故知新のような古き良き時代や技にロマンを抱くことは多分にある。

不思議だが、見たこともない風景や会ったこともない人たちに、希望を持つことは多い。
素材をそのものを人の力でこれからの物(家具)を生むことの凄さみたいなものをダイレクトに感じていた。
1999年に独立をしたてに下駄箱を相談してくれたクライアントから始まり、
人々と日々が連続して今日までつながっている。

人と会い、家具が生まれる。

会ってすぐに生まれることもあるが、時間を超え10年15年と必要な時間を経て、生まれることもある。
家具の完成は新しい日々の始まりであるし、過去と未来をつなげる合図でもある。



2009年に作品展を開いた。
デザイナーズウィークに参加する形であったものの、僕自身の人生にはその時ほど魂が揺さぶられていたことはなく、作り手として発信するしかなかった。
過去と未来をつなげる覚悟として。

「感覚の記憶」ということをテーマにする以外考えられなかった。
原風景のように、感覚は深くつながっていく。
今見ているものは過去になるけど、感覚は体の中で何千回と再構築され続け生き続ける。
それは
頬をなでる風、触れた体温、子供の頃を思い起こさせるような香り、、、手のひらや体の五感に染み込むような感覚。


忘れない記憶を温かいものにしていきたい。

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