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02.21 Thu
試行錯誤中のシェーカーテーブルのことは、あえて今日は頭から外しての籘編みの日です。
日当りの良いショールームで作業台を広げ、ポカポカ気分で編み込みをしました。


とても手間のかかる仕事ですが、楽しんでやれるだけやっています。

2013022102.jpg

人らしく一生懸命に取り組む日常は、自分が思い描いた夢でした。
夢は叶えていくためにあります。


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Re: タイトルなし
miyazima hiroyoshi #-
> いつも素敵な家具ですね。

ありがとうございます。

> こどものころの経験と大人になってからの発想力はつながっているような気がします。

コメントをきっかけに、子供の頃のことを久しぶりに思い出しました。
頂いたきっかけで妻といろいろこどもの頃話をでき感謝しています。

その中で、まっさきに話したことは祖父が話でした。

祖父は小学校1年生のときに、親を亡くしています。
妹2人を連れ家を出て、生涯にわたって妹二人を気遣い、戦争に行き、終戦を迎え、軍から県警所長への推薦を「そういうのはもういいんだ」と、なげき断り、家族のそばで商売に汗を流しました。

ぼくが小学生の時に、馬鹿笑いしてTV(8時だよ全員集合〜)を見ていると、いつも言ってきました。
「昔は、1円あれば、映画に行って家族でご飯を食べてこれたんだよ」と。
何度もそのことを口癖のように、ことあるごとに言っていました。

孫である僕をいろんなところへ連れていってくれました。


91歳で祖父が亡くなる直前のこと。
ベッドで、突然幸せそな顔をして穏やかな笑みを浮かべたそうです。
そして祖母が「おじいさん、ご機嫌だね」と話すと
おじいさんは「映画を観とるんだ、、、」
と、幸せそうに言ったそうです。

それが身内との最後の会話でした。

その出来事を、後から聞いた時にハッと思い返し、ジワジワとなんとも言えないものがこみ上げてきました。
家族で映画を観に行くことは、妹を連れ出し親代わりになって前に立ち、戦争に向い戦後に立ちあがった祖父。

なにげないどこにでもある風景や平穏を守るために必死に立ってきたんだと。
ぼくは最期に「良かった」という深い安心を頂きました。


と、、そんなことを妻と話ました。

大分、ピントがずれましたが、
ぼくの平凡な幼年期の話はまたの機会に、、、。


コメントありがとうございました!


>
>
> いつか、お話していただけたら嬉しいです。
2013/02/23(土) 00:30:10 | URL | edit
jane #-
いつも素敵な家具ですね。

宮嶋さんは子どもの頃、どんな場所で育ち、どんな遊びをしていましたか?


こどものころの経験と大人になってからの発想力はつながっているような気がします。


いつか、お話していただけたら嬉しいです。




2013/02/22(金) 11:52:19 | URL | edit
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