忘年会がてら海へ。


僕も、一緒に海を見たかったんだ。
残念ながら突風で寒くて、一瞬だけでしたが、ようやく1年の最後に忘年会をかねて見に行くことができました。
2017年は、人生フルーツというドキュメント映画が始まりでした。
本当に素晴らしかった。長い時間の思いが大きな木々なって、肥えた土となって、僕の心を温かくしてくれました。
暮らしを重ね年を重ね、それでもテーブルの気持ちのいい場所見つけ続け、それはまるで自分の人生と重なって感じとられました。
ここ数年は、ありがたいことに、自分のことのようにクライアントの人生を感じずにはいられないような責任の多いご相談もたくさんあり、休みの日もほとんどその責任から解放されることもなく、何かを思い考えていました。
遠くからご相談に来られるクライアント、長い10年の思いを持って工房に訪れてくれるクライアント。
そんな日々の中、家具を作っていくスタッフとの距離感を強く感じはじめていました。
人生経験の違いは大きく、テクニックやデザインとは違う、肝心な家具を作る一番大切なことの共感ができにくい。
見守りながら技術的には十分な家具は出来上がるものの、分かち合うことができない。
自分の中を掘り下げ答出し方をしていくのですが、その一番綺麗な部分(結果)だけしか伝わらない。
一緒に仕事をする意味がぼんやりし、なんだかとても虚しく、ゼロかイチかの覚悟を決めたのでした。
「同じ目線で家族のようにともに育ちともに生きていく」
先日、学生の頃からの友人が感謝祭に来てくれました。僕の心境を説明したわけでもないのに、ただ歩んできた過去と目の前の僕を見て、「みやちゃんは、上に上がっていくんじゃなくて、一周しているね。ただ一周だけでなくスパイラル状に上がってるね」と。
ちょうど節目を感じるこの頃、自分としてもなんだか新たなスタート地点に立っていると実感することは多く、彼の言うことは、深く心に沁みたのでした。
手放すものは小さくはないかもしれないけど、新たに大切なものを見つけることができました。
信じてともに歩んでいきたいと思います。